詩碑に関するニュース
 毎日新聞 |
金子みすゞ:没後80年で墓前祭毎日新聞同記念館は、みすゞの実弟で作詞家として活躍した上山雅輔(かみやま・がすけ)さんの詩碑を中庭に建立し、除幕式も開かれた。上村さんは「記念の年に、天国で母と叔父も喜んでいることでしょう」と話した。 みすゞの生涯を紹介する毎日新聞社主催の「没後80年 金子み ...and more » |
 東京新聞 |
野口雨情の詩で紡ぐ 住民の心のつながり東京新聞「十五夜お月さん」「赤い靴」などの童謡で知られる詩人、野口雨情(うじょう)(一八八二~一九四五年)の詩碑が、さくら市氏家の同市ミュージアム敷地内に設置された。妻が旧喜連川町(現さくら市)出身だった雨情は県内の文化人とも交流が深く、ゆかりの人物を広くPR ... |
詩碑に関する質問
生田春月の詩碑
松江市の千鳥南公園に生田春月の詩碑があるのですが、草書体であったため一部判読できない部分がありました。詩を全部ここに書いて良いものか分かりませんので一部のみ書きます。「松江大橋 四ツ手の網に 白魚いとし
本間千代子の『湖畔の乙女』の歌詞を知りたいのですが
詩人佐藤春夫の詩で、十和田湖畔にある高村光太郎の乙女像の詩碑になっているものです。詩の全文をご存知の方は是非教えてください。
山口県への一人旅
と来年だけになり、今年は念願の山口県に9月の頭に行く予定です。メインは中原中也記念館と、中原中也の詩碑めぐりなんですが、ガイドブックを見て萩と仙崎にも行きたくなりました。湯田温泉に火曜日の朝8時頃着く
武蔵野 国木田独歩 名所
国木田独歩 武蔵野 に関係する名所を訪れたいのですが、具体的にどこに行けばいいか、どなたか教えて下さい。近いうちに行く予定なので、なるべく早い回答をお願いします。
京都のお寺 神社で石碑を探しています
小学生のころ訪れた京都のお寺・神社を探しています多分嵐山〜嵯峨野方面だったと思うのですが、小高い丘か塚のようになったところに細い階段(山道)のようなものがありそこを上りきると(約5分くらい?)将軍か
詩碑旅行記
奥入瀬渓谷(by 早島 潮さん)
平成20年9月2日(火)
この日最初の訪問先は奥入瀬渓谷である。渓谷の入り口の子の口を出発点としてバスの車窓からガイドの説明に合わせて右や左へ首を動かしながら渓谷の滝や流れを見て走行する。
万両の流れ、千両岩、五両の滝、銚子大滝、佐藤春夫の詩碑、九段の滝、姉妹の滝、双白髪の滝、不老の滝、白糸の滝、玉簾の滝、白絹の滝、岩管の滝、白銀の流れ、天狗岩、双竜の滝、白布の滝とガイドの説明は澱みなく続く。青葉が茂っているのでちらりとしか見えない滝ばかりである。全然みえない滝もある。途中雲井の滝近くでバスを降り渓谷沿いに石ケ戸まで散策した。石ケ戸からバスに乗り同じ道を折り返して奥入瀬渓谷の訪問は終わった。
奥入瀬渓谷の景観は滝の規模が小さくナイヤガラ瀑布やイグアスの滝のような男性的な壮大なものとの比較ではいかにもたおやかで女性的な感じであるとの印象を受けた。
延辺日本人会 3 龍井 尹東柱出身の大成中学訪問(by enyasuさん)
「序詩」
死ぬ日まで空を仰ぎ
一点の恥辱なきことを、
葉あいにそよぐ風にも
わたしは心痛んだ。
星をうたう心で
生きとし生けるものをいとおしまねば
そしてわたしに与えられた道を
歩みゆかねば。
今宵も星が風に吹き晒らされる。
「尹東柱」(ユン・ドンジュ)は、コリアの民族詩人であり、キリスト者詩人である。1917年12月30日、当時の中華民国東北部間島省和龍県明東村に生まれ、龍井の恩真中学に在学していた1934年ごろから詩作を始めた。平壌の崇実中学を経て、ソウルの延禧専門学校(現在の延世大学)に学んだのち、1942年渡日下した。
同志社大学文学部に在学中の1943年7月14日、ハングルで詩を書いていたことを理由に、独立運動の疑いで逮捕された。裁判の結果、治安維持法違反で懲役刑を宣告され、福岡刑務所に投獄され、1945年2月16日に獄死した。
この詩碑は、永眠50周年の記念日に、同志社校友会コリアクラブによって建立、除幕式が挙行された。
ハングルの「序詩」は、本人自筆原稿通りに刻まれており、日本語訳は伊吹郷氏による。
以上は学校法人同志社、尹東柱詩碑によります。
参考HP
http://homepage2.nifty.com/soyokaze/tonju.html#tonju3作者不明です。
東尋坊と芦原温泉(by 浅山さん)
東尋坊と芦原温泉
某月某日、一休みのため東尋坊に行った。
平日で交通渋滞もなく大阪から 片道250キロメートル
名神高速 北陸自動車道を約3時間で福井県坂井郡東尋坊につく。
あいにくの曇り空であるが雨は降らず暑くもなく絶好日和である。
平日のためか東尋坊商店街は実に閑散として 観光客もまばらである。
越前加賀海岸国定公園の日本海に面した東尋坊は地質学的には稀有であるらしい。
輝石安山岩の柱状節理で世界に3箇所しかないらしい。
遠くには雄島が見える。この雄島は心霊スポットといわれているらしい。
なぜなら 東尋坊に飛び込んだ亡骸は海流をへて雄島に流れ着くらしい。
その雄島にいたる約4キロメートルの荒磯遊歩道を行くとまず目にする高見順の文学碑、また他にも萩原朔太郎の妹アイと約5年を三国で暮らした三好達治の詩碑、、高浜虚子、虚子にほのかな想いを寄せた森田愛子、伊藤柏翠の句碑また、山口誓子の句碑や、則武三雄の詩碑を見ることができるといわれている。
さて、その東尋坊 昔から自殺の名所として有名で、地元では何でも
いろいろ自殺防止の策を講じているらしい。
かってドリャーおじさん という飛び降りても簡単に死なないことをアピールするために敢えて飛び込みを実演する者もいたらしい。
一部の者からは「ドリャーおじさん」との愛称で呼ばれ、通算2万回以上飛び降りては断崖絶壁をはい上がってきたという
さて その夜は、芦原温泉グランディア芳泉に宿泊した。
おっと、ここでは日本語が通じた。 うん。
鄭州のホテルでは その日本語でいろいろ苦労したから、
一瞬違和感を感じた。爆
案内係の泉ちゃん 可愛かったよ。笑
で 夕食に出された 沢庵ふた切れ・・これが少し浅漬けのためか
硬くて噛み切れない。これからは高齢化社会の到来、
料理に対してもう少し弱者というか、そういう立場に立った細やかな
配慮がいるのでは、それが中国などのホテルにはない日本のホテルのよさ。
なのにと、ふと思ったものでありんす。
さて その翌日は もち 三国ボートに直行です。
1レースから12レース まで 終日楽しみました。
5レース的中したものの。配当の妙味が薄くて
結局は損得なし。。に終わり。
夜の北陸自動車道 名神高速
250キロを 爆走、、一路 帰路に着きました。。
けれど あの40000円台の配当ゲットしていれば
いればの話ですが 笑 さらに一泊 芦原温泉に泊まれたものですが
残念。。 はい お後がよろしいようで。。
あ、そうそう ボート好きの よめさんも 最終レースゲットで
これも損得なし でした、、 あはははは
中国・長江三峡下りの旅【3】 白帝城の瞿塘峡と三峡ダムの西陵峡(by さすらいおじさんさん)
瞿塘峡は三峡の中で最も短く、最も狭く、最も雄大な峡谷で四川省奉節の白帝城から巫山大渓口まで全長8キロ。断崖絶壁には歴代の名書家の書の石刻があるが三峡ダムによる60mの水位アップによって今では水底に沈んでしまったかもしれない。
前漢時代に築かれ2000年の歴史を持つ白帝城には約20分で800段の石段を登った。現在は50m水位が上がり、石段がかなり水没し、10分前後で上まで登れるようになったそうだ。
白帝城の門の前には周恩来筆という李白の有名な詩碑があり、現地ガイドが朗々と詠んでくれた。
「早発白帝城 李白」
朝辞白帝彩雲間
千里江陵一日還
両岸猿声啼不住
軽舟已過万重山
「早(つと)に白帝城を発す 李白」
朝(あした)に辞す白帝彩雲の間
千里の江陵一日にして還る
両岸の猿声啼いて住(や)まざるに
軽舟已(すで)に過ぐ万重の山
李白の「早発白帝城」は中学時代に杜甫の「春望」とともに最初に習った漢詩なので懐かしく、ついに白帝城まで来たことに感無量であった。杜甫も李白も楊貴妃とのロマンスで有名な玄宗皇帝に仕えるが、安禄山の乱に巻き込まれて不遇の身となり放浪旅の詩人として不遇の身から歴史に残る素晴らしい詩を残した。日本の放浪旅の俳人、松尾芭蕉も杜甫、李白を尊敬していた。「詩仙」李白の「白髮三千丈」「千里の江陵一日にして還る」という桁違いにダイナミックな表現は中国の雄大さを代表するものだろう。
白帝城には「劉備、諸葛孔明に孤を托す」の場面を表した像がある。中国後漢末期から三国時代の蜀漢の政治家・軍略家、諸葛 亮・孔明(しょかつ りょう・こうめい、181-234年)は蜀漢の建国者である劉備の「三顧の礼」に応えて丞相となったことは有名だが、劉備が白帝城で死の直前に息子劉禅と国事を托した場面を見ると、中国に於ける政治家・軍略家としての諸葛孔明の評価の高さを改めて教えられる思いがした。
三峡ダム計画は中国らしいダイナミックなものだ。1919年に孫文が提唱し、1954年の長江大洪水をきっかけに建設機運が高まり、1950年後半に旧ソ連の援助でダム建設の調査が行われた。1993年に着工し、2009年に完成予定。「万里の長城」建設以来の大工事と言われる。三峡ダムの総貯水量393億立方メートルは、日本にあるダムの貯水総量のおよそ2倍にも相当、2003年6月1日より貯水を開始している。ダム建設の目的は長江(揚子江)の本流のダムにより、洪水調節、水力発電、水上交通、灌漑などの便益を得ようとするもの。完成時の三峡ダムは、長さ3035m、高さ185m、発電ユニット26、年間発電量は世界一で847億KWH(日本の水力発電量全体とほほ同じ)、移転が必要な人口は約130万人。三峡ダムによって揚子江流域の姿は一変し、古代からの遺産や景観が水没するのは残念だが、こんな大河にダムを造ろうと発想する孫文、そしてそれを実行する中国国民のスケールの大きさはやはり万里の長城を築いた国ならではのものだと思う。
2002年9月の旅では水没前の古代の姿のままの三峡を見ておこうとしたのだが、思いが叶って今また喜びを新たにしている。(写真は白帝城から見る長江)
日本の旅 九州の水郷の街・柳川と由布院(by さすらいおじさんさん)
柳川は北原白秋とドンコ舟の街というイメージがあり、ドンコ舟には長年乗ってみたいと思っていた。
白壁と柳の掘割には柳川藩の城下町の面影が残っている。柳川城は1558年頃天下に誇る水の城として完成し三百余年続いたが,現在は城跡のみ。本丸及び二の丸跡には柳川高校,柳城中学校が建てられている。
北原 白秋(きたはら はくしゅう、(1885-1942年)は、代々柳川藩御用達の海産物問屋を営む旧家に生まれ生涯柳川を愛した。詩人、童謡作家、歌人として知られるが「松島音頭」や「ちゃっきり節」等の民謡も書き、多くの分野で傑作を残している。特に山田耕筰とのコンビで創作した「からたちの花」「この道」「ペチカ」「あわて床屋」「待ちぼうけ」などの童謡は今なお歌い継がれている。ドンコ舟での川下りでは「待ちぼうけ」の詩碑も見ることができた。
松濤園と呼ばれる庭園は、四代目藩主立花鑑虎が、1697年に創建した集景亭という別荘。この地域が「花畠」という地名であったところから,柳川の人々は「御花」と呼んだ。仙台松島の景を模した設計だそうで、7000坪の園内の松は約300年の古木。池には、毎年10月から4月までは約500羽の野鴨が飛来するそうだ。
由布岳1584m山麓「別府の奥座敷」とも呼ばれる平安時代からの歴史を持つ由布院では露天風呂につかり街を散策したが何度来ても情緒のある街だ。
(写真は柳川の川下り)
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