歌碑に関するニュース


歌碑建立:万葉集で「真野の榛原」を詠んだ歌人・高市黒人 古里で除幕式 /兵庫
毎日新聞
大和時代の歌人、高市黒人(たけちのくろひと)(生没年不詳)が、万葉集に残した「いざ子ども大和へ早く 白管(しらすげ)の真野の榛原(はりはら)手折りて行かむ」の万葉歌碑が神戸市長田区真野地区にある尻池街園に建立される。21日午前10時から歌碑の除幕式が ...


作曲家海沼実の歌碑、松代に建立
信濃毎日新聞
県内の童謡愛好家でつくる「唱歌と童謡を愛する会」は6日、長野市松代町出身の作曲家海沼実(1909~71年)の生誕100周年を記念する歌碑を同市松代町の真田公園に建立した。 歌碑には海沼が作詞も手掛けた童謡「からすの赤ちゃん」の歌詞を刻んであり、除幕式 ...


デイリースポーツ

原田悠里、湯島天満宮でヒット祈願&ミニコンサート
スポーツ報知
自身の歌碑が建つゆかりの地で祈祷を行った後、「体が震えるような感動を覚える」という壮大な同曲など7曲を熱唱した。 昨年7月に年下男性との交際を告白。原田は「プライベートは順調でこれ以上、祈願することはないですね」と幸せそう。「結婚の報告も近い? ...
原田悠里、私生活も花満開!?交際は「順調にいっております」日テレNEWS24

all 6 news articles »

読売新聞

球磨川に観光シーズン…川開き祭
読売新聞
続いて、民謡「球磨川舟唄(うた)」など郷土芸能の披露や、歌人・与謝野晶子の歌碑の除幕式があり、新しい観光シーズンの幕開けを祝った。 午前11時半、雨よけのシートを張った18隻の舟が、観光関係者らの見送りを受けながら球磨川にこぎ出していった。 ...

and more »

歌碑建立:海難救助中に死亡、クヌッセン機関長の功績たたえ--美浜 /和歌山
毎日新聞
今年は同町の歌人・俳人として活躍した故津本誠一郎さんの遺族などにより、機関長の遺徳を詠んだ歌碑も建立され、除幕式もあった。 機関長は1957年2月10日、貨物船で航行中に、炎上している徳島県の機帆船「高砂丸」を発見。海中に転落した日本人船員を救うため ...

歌碑に関する質問

歌碑 歌碑文の読み方を教えてください

2007/7/21に姨捨に行ったときに見た歌碑の文字が達筆で読めません。かろうじて読めたのが、塚の月、丹海(作者?)です。全文をご存知の方教えてください。写真を添付したいのですが方法が分りません。

  歌碑文の読み方を教えてくださいの詳細


歌碑 柳川川下りで。

、その写真の中に石碑(歌碑)を写したものがあるのですが、それが誰の歌碑か分りません。天然の石の形をそのままに歌が刻んであるもので、その横には、墓石のように、きちんとした長方形の歌碑が並ぶようにあります。川

  柳川川下りで。の詳細


歌碑 童謡の歌碑について

童謡「海」松原遠くの歌碑がある場所を知っている方がいらっしゃいましたら、教えて下さい。作者不詳なので、いろいろと調べましたが分かりません。それと、「真白き富士の嶺」の歌碑で逗子開成高校ではなく、どこかの浜辺に

  童謡の歌碑についての詳細


歌碑 松下村塾の碑文

松下村塾にある碑文(漢詩?)が何だったか教えてください!大変困ってます。

  松下村塾の碑文の詳細


歌碑 いわき・ら・ら・ミュウといわきディクルーズ

来週ハワイアンズに夫婦で一泊旅行します。ハワイアンズはリピート利用です。ですので、1泊目はハワイアンズで遊んで2泊目は、近場の観光スポットに行ってみたいと考えています。いわき・ら・ら・ミュウといわきディクルーズが候補に

  いわき・ら・ら・ミュウといわきディクルーズの詳細


歌碑旅行記

京都名庭100選(31) 桜めぐり2009(2)-1二尊院、常寂光寺、大河内山荘(by Bachさん)

歌碑
鎌倉時代に後嵯峨天皇が吉野の山桜を移植して以来、嵐山は桜の名所として親しまれ、まさに千年に亘る歴史満載の桜を見ることが出来ますが、今日も平日にもかかわらず国際色豊かなたくさんの花見客が訪れています。

混雑を予想して朝早めに出かけ、駐車場無料の「二尊院」からスタートし、途中「落柿舎」を経由して、「常寂光寺」、「大河内山荘」、「天竜寺」から塔頭の「弘源寺」へと、嵯峨野の桜めぐりを楽しみました。

「二尊院」は、嵯峨天皇が居住した離宮「嵯峨院」(今の大覚寺)の寺院として建てられ、土御門天皇、後嵯峨天皇、亀山天皇(祖父、父、息子)の三帝が祀られている所で、山号も「小倉山」とし、天竜寺、大覚寺と共に嵯峨三名跡に数えられる嵐山を代表するお寺です。
門を入ってすぐに目にはいるのは、小倉山に向かってまっすぐ100メートル続く参道で、「紅葉の馬場」と言われ時代劇のロケにもよく使われるそうですが、春の「桜の馬場」も又素晴らしく、この時期は比較的穴場かもしれません。
ここには、鎌倉時代から現代に至るまで、各時代の著名人の墓が多数ありますが、
ここを再興した法然上人や、その教えを受けていたお公家さんの三条実美、入り口の総門を寄贈した江戸時代の豪商の角倉了以、映画のメッカらしく俳優の阪東妻三郎など、何の縁も関係もないですが、なんとなく心が落ち着きます。
また入ってすぐの所には「西行法師庵跡」があり、境内奥には藤原定家が「小倉百人一首」を選定したとされる「時雨亭」跡地が残っており、あちこちに歌碑が目立ちます。ちなみに「時雨亭跡」は、常寂光寺、厭離庵の3ヶ所あってその真偽にはいろいろと説があるらしい。
庭園は、本堂前に龍女が遊んでいて昇天したという伝説をもとにして造られたとされる、整然とした綺麗な「龍神遊行の庭園」と、本堂南に、極楽浄土の世界を現したとされる石庭の「寂光園」があって、静寂な中に獅子脅しの音が響き、法然上人の浄土宗を顕示しているかのようです。

途中、数々の百人一首歌碑や「落柿舎」(現在工事中です)を見ながら、「常寂光寺」の前を通ると、門前に「枝垂桜開花中」の立て看板があったので思わず入ってしまいました。ここは、紅葉のイメージしかなく桜を見るのは始めてです。

「常寂光寺」は、安土桃山から江戸時代に掛けて活躍した日禎(にっしん)という日蓮宗の高僧が藤原定家に憧れ、この地に建立しましたが、仏教の理想郷である「常寂光土」のような風情があるところから命名されたというように、まさに静寂に包まれ別世界のようです。
境内は、一面苔に覆われた山の急斜面に楓の木立ちと山桜が一体となって、ツバキやツツジ、山吹、シャクナゲの他、たくさんの野草がまさに百花繚乱で、全体が庭園になっています。特に急な石段の坂にある「苔むした茅葺きの仁王門」と「多宝塔」がシンボルとなっていますが、今は仁王門手前の枝垂れ桜が豪華な主人公となっています。
庭園は、本堂の奥にひっそりとあるのであまり目立たないですが、細長い小池に桜や紅葉を映し、斜面に沿って360℃の角度から楽しめるようになっています。
中には、運慶作と伝えられる仁王像や日禎上人の開山堂、この地の提供者と言われる角倉了以家の墓所と、ここでも藤原定家の時雨亭跡の碑と木像、それにどういうわけか、一人で生きる女性のための「女の碑」というのが当時参議院議員であった市川房枝の名の下に建てられています。

トロッコ列車の駅の桜を見ながら、少し歩くと「大河内山荘」があります。
「大河内山荘」は、時代劇の名役者で丹下左膳で有名な「大河内伝次郎」が、古都の霊峰に魅せられて、34歳から30余年の生涯をかけて、映画出演料の大半をこの庭の創造に注ぎ込んだという壮大な別荘で、秋の紅葉もいいですが、桜の時期の方が好きです。
建物は寝殿造や書院造、数寄屋造など日本の全住宅様式を網羅しているそうで、入り口の枝垂れ桜を見ながらの一服のお茶は「まったりほっこり」です。
全体が庭園ですが、小倉山に続く山腹を庭園に組み込み、嵐山を背に、比叡山、大文字、東山三十六峰、双ヶ丘と京都市内を一望するパノラマは最高です。
大河内伝次郎のように、ここで念仏し、瞑想し、静寂を得て仕事に没頭すれば、いい仕事が出来るような気がします。


【旅行時期】2009/04/03~2009/04/03
【エリア】京都市内
【テーマ】寺社・札所めぐり
【投稿者】Bach

京都名庭100選(30) 桜めぐり2009(1)醍醐寺、随心院、毘沙門堂(by Bachさん)

歌碑
京都の桜の魅力はなんと言っても、歴史ある建物と桜が一体になって楽しめるところで、「桜の歴史は京都の歴史とともにあり」ということを感じさせてくれます。
もともとその昔、嵯峨天皇が「神泉苑」で初めて花見をしたときの花は「梅」で、紫宸殿前庭は「左近の梅、右近の橘」でしたが、平安時代の途中から、中国から持ってきた「梅」ではなく、日本独自の「桜」にして日本文化を形成していこうということで「左近の桜」に変わって、この頃から花と言えば「梅」から「桜」になったようです。
以後は桜が宮廷の行事の主役になり、足利義満は「花の御所」と呼ばれるほど金閣寺などを桜で埋るほどにしました。その後、イベント好きの太閤秀吉が近隣諸国から桜700本を取り寄せ「醍醐の花見」をしたのが花見の頂点で、これが花好きの家康の江戸時代にも盛んになってソメイヨシノを中心に全国に広がっていったそうです。

ちなみに京都の県花は、「枝垂れ桜」となっていて豪華な「しだれ」が目立ちます。うす紅色の優しさと、流れ落ちるようなしなやかさ、風雪に折れにくいシンの強さが、京都人気質に通じるのだろうと勝手に思います。

そういうわけで今年も古の人々に想いを馳せながら桜と庭園の絶妙なコントラストを探したいと思います。
その第1弾は、ちょうど昨日のNHKテレビで紹介されていた、太閤秀吉の「醍醐の花見」です。花冷えの寒さにもかかわらず凄い人出で、早くも春の先取りという感じです。
近くの、春を呼ぶお祭り「はねず踊り」の「随心院」と、鎌倉時代から桜の名所で知られる「毘沙門堂」にも立ち寄りました。

「醍醐寺」は、太閤秀吉が3,000人を招いて「醍醐の花見」を行ったことで有名ですが、境内には700本の桜の銘木があり、霊宝館の大枝垂れ桜と、日本画家の奥村土牛が描いたことから命名された三宝院の「土牛の桜」は見応えがあります。樹齢150年以上の桜が群生しているのは珍しいそうで、質量共にさすが秀吉です。
ここのポイントはもう一つ、老齢の「土牛の桜」を引き継ぐクローン桜が咲いているということです。バイオテクノロジーのサクラが開花するのは世界初だそうで、緑化事業をやっている住友林業が全国の枝垂れ桜を救おうと頑張っているようです。
「三宝院庭園」は、秀吉が「醍醐の花見」に際して自ら基本設計し、完成までに27年間かかったという太閤好みの豪奢な回遊式庭園ですが、残念ながら入場料の高い割りに全面撮影禁止です。(外だけはOKにして欲しいですね)
  • http://www.daigoji.or.jp/garan/sanboin_detail.html

  • 鶴亀蓬莱を主題とした庭園で、中央には池、左右背後には築山が築かれ、池の3つの中島を特徴のある橋が架けられ、周囲には多くの石が配されていて、一見しただけでも豪華な気分になります。特に苔生した橋は印象的でした。

    少し歩くと、「随心院」です。
    「随心院」は、ここで余生を送ったという小野小町ゆかりの寺で、小町姿見の化粧の井戸、文塚などが残っています。
    普通のピンクよりも濃い遅咲きの「はねず(薄紅)梅」はまだ残っていて、春を呼ぶと言われる「はねず踊り」は3月29日です。
    「小野梅園」を横目に見ながら門をくぐり、小倉百人一首の
    「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」
    の歌碑を見て、貴族屋敷のような建物に入ります。
    書院前の庭園は、「洛巽(らくせん:都の東南)の苔寺」と呼ばれており、庭一面に青々とした「大杉苔」はこの時期でも綺麗なじゅうたんのようです。梅雨の時期が最も緑が濃く色鮮やかで、この湿気で紅葉も、シャクナゲやツツジも見事に生育するのだそうです。
    庭園は池泉鑑賞式庭園で、心字池のまわりのモミジとツツジとコケの絶妙なコントラストがすばらしい。
    この静寂なところで、小野小町ばりに写経をしている人もいました。

    少し離れて車で近いところに「毘沙門堂」があります。
    名前のとおり毘沙門天が祀られていて、鎌倉時代から桜の名所で知られたところです。
    特に、寝殿前の樹齢150年の巨木「毘沙門しだれ」は見事で、江戸時代から受け継がれて今5代目だそうです。
    門跡寺院の高い寺格と落ち着いた山寺の風情が魅力です。
    狩野益信の襖騙絵、円山応挙の鯉の杉戸絵、「天井の龍」など見る角度により目や顔の向きが変わる所謂トリック絵が自慢で、ちゃんと説明してくれました。
    庭園の「晩翆園」は、谷川の水を引いて滝を造った江戸初期の回遊式庭園で、心字池に亀石、千鳥石、坐禅石などが配され、20数種のハスや秋の紅葉が見事な名園です。
    山裾にあって透明感溢れる深い色合いの翠(みどり)を思わせるところから「晩翆園」と名付けられたそうです。

    詳細はコチラも→
  • http://shokyoto-kyoto.seesaa.net/



  • 【旅行時期】2009/03/26~2009/03/26
    【エリア】京都市内
    【テーマ】寺社・札所めぐり
    【投稿者】Bach

    2008年11月、知る人ぞ知るあの長湯温泉を初めて訪ねる5、茶房「川端家」で又くつろぐ。(by 堀昭夫さん)

    歌碑
    11月13日歌碑巡りもほぼ終え、天満橋そば迄戻り、大丸旅館向かいのギャラリー茶房「川端家」で又一服する事にした。
    未だにブラジル、モカ、グアテマラの違いも解らない味音痴で、コーヒーの事に詳しい訳でも特別の好みがある訳でもないのだが、旅先で喫茶店に入る事を楽しみの1つとしている。
    むろん食事やコーヒーの楽しみもあるのだが、やはり喫茶店の持つ雰囲気そのものを味わう事が多いようだ。
    しばし散策を楽しんで、この夜は旅館Fに泊まったのだが、1泊2食付きで8,600円(2人で宿泊の場合は1人7,500円)とリーズナブルで、食事、岩風呂、部屋、サービスなど総じて不満は無い。
    ただ1つ11時半頃訪ねた時に、チェックインは14時からと言われ、手続きが出来なかった事が不満として残る。
    私の場合ブログの取材も兼ねての旅だから、1度散策に出るとすぐには戻ってこられない。
    途中で旅館に連絡を入れようにも電話番号が解らないし、携帯電話も持たないので、手続きが遅くなってしまった。
    予約も入れない気ままな旅だから、これも仕方ないか・・・。
    ●「拡大」→「この写真の元画像はこちら」とクリックして、拡大して御覧下さい。
    その方がいい画質で観る事が出来ます。
    <花のクローズアップ写真は、随時新しい写真をアップしながら
  • http://akio-h.blog.ocn.ne.jp/blog/
  • に展示中です。私の個展案内、新聞記事なども展示していますのでこちらも御覧下さい。>

    【旅行時期】2008/11/13~2008/11/13
    【エリア】竹田・久住
    【テーマ】温泉・エステ・癒し
    【投稿者】堀昭夫

    2008年11月、知る人ぞ知るあの長湯温泉を初めて訪ねる4、歌碑巡りを続ける事にした。(by 堀昭夫さん)

    歌碑
    11月13日、コーヒーを飲みながら「B・B・C長湯」に宿泊中らしい写真好きのオジイサンさんとしばしカメラの事など話をして、さーて又散策を続ける事にしよう。
    天満橋を渡り大丸旅館に来た辺りから、急に文人達の歌碑が多くなってきた。
    それでは・・・と今度はしばし歌碑巡りをする事にしたが、狭い温泉町の中で大作家から旅館のおばあさん迄有名無名、大小さまざまな歌碑に出会う事ができた。
    ●「拡大」→「この写真の元画像はこちら」とクリックして、拡大して御覧下さい。
    その方がいい画質で観る事が出来ます。
    <花のクローズアップ写真は、随時新しい写真をアップしながら
  • http://akio-h.blog.ocn.ne.jp/blog/
  • に展示中です。私の個展案内、新聞記事なども展示していますのでこちらも御覧下さい。>

    【旅行時期】2008/11/13~2008/11/13
    【エリア】竹田・久住
    【テーマ】温泉・エステ・癒し
    【投稿者】堀昭夫

    あゝ上野駅♪ 上野公園に佇む彫像たち ☆身近な芸術作品を見直して(by マキタン2さん)

    歌碑
    昭和30年代後半は日本の高度成長期の出発点・・労働力の源泉となったのが田舎から迎えられた若者たちである。当時上野は東北から上京するときの玄関であり、「集団就職」や「出稼ぎ」の象徴の駅でもあった。
    井沢八郎さんの代表作「ああ上野駅」が世に出たのが昭和39年。以来東北出身者を中心に多くの人に愛されて続け、心の励みとなり又人生の応援歌にもなっている。かって集団就職で上京し、現在も東京に住まわれている人を中心に寄付が集まり、「ああ上野駅」の歌碑が駅の一角に建立されたとのこと。

    ああ!上野駅については・・
  • http://jp.youtube.com/watch?v=ne9ABDZzHFw


  • http://www.eonet.ne.jp/
  • ~miida/aauenoeki.htm

    【旅行時期】2009/01/21~2009/01/21
    【エリア】上野・浅草・水道橋
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】マキタン2

    歌碑関連エントリー

    【北部ドライブ】阿波節の歌碑

    ... 景色をながめて思いをはせたり、 歌碑を目の前にして三線をひいてみるという野外学習的なもの。 いい勉強、いい経験になりました。 ありがとう、先生。 左が阿波節の歌碑。右は道中たちよった恥うすいの歌碑。 実は恥うすいの歌をまだ私は知ら ...

    【北部ドライブ】阿波節の歌碑

    「尾崎豊の歌碑」東京・渋谷・クロスタワービル

    4/12(日)東京・渋谷のクロスタワービル(旧東邦生命ビル)にある「尾崎豊の歌碑」に行った。ここに初めて来たのは2002年9/21(土)。その後2003年11/12(水)他、数回来ている。 ★尾崎豊オフィシャルサイト:http://www.ozaki.co.jp/ ★尾崎豊オフィシャル ...

    「尾崎豊の歌碑」東京・渋谷・クロスタワービル

    憲吉歌碑の取材

    ... 3月22日にお披露目をした中村憲吉の歌碑のことだった。この歌碑は、布野しがらみ短歌会の会員9名が費用を負担して作成し、中村憲吉記念文芸館(憲吉旧居)の庭に設置したものだ。 その歌碑について話が聞きたいということで、それならばと ...

    憲吉歌碑の取材

    近江路・最初の万葉歌碑は~~

    大津市役所庭。 レンタカーを借り、枝垂れ桜の多い大津の町を走っている。 琵琶湖周りには36基も歌碑がある由。 さていくつ周れますか~~~。 私は11面観音さまを巡りたいし~~~。 とぼとぼと、私らしく巡って行きたい~~~。

    近江路・最初の万葉歌碑は~~

    やっと基山城跡の万葉歌碑に……

    ... きらん草、紫ケマン、薩摩稲守、など、野草を楽しみ汗をかいて辿り着いた歌碑だが~~~なんだ~~ここまで車で来れる~~~~駐車場スペースまである! 同じ歌碑が基山図書館に在り、 寄ってきたが、こちらのが遥かに立派。 巻4。 ...

    やっと基山城跡の万葉歌碑に……