句碑に関するニュース


句碑:山頭火しのび、霊山寺と円通寺に建立--大分「路の会」 /大分
毎日新聞, Japan - Dec 28, 2008
九州西国霊場33カ所を巡礼した俳人・種田山頭火(1882-1940年)をしのび、大分市の俳句教室「路の会」の約15人が同市の霊山寺と円通寺に句碑を建て、除幕した。 霊山寺では「しぐるるや しぐるる山へ 歩み入る」、円通寺では「どうしようもない わたしが 歩 ...

読売新聞

遍路の思い句に託す 美波、休憩所4か所に投句箱
読売新聞, Japan - Dec 20, 2008
投句箱は、同町木岐で「夢ギャラリー」代表の勝端高春さん(72)が、「町内の豊かな自然や霊場巡りについて詠んでもらおう」と今夏に設置。まだ開けていないという。 季題は自由で、一人3句まで。寄せられた句は、同町の木岐句会の青山文夫会長らが選び、入選作を木の ...

文化財巡る遊歩道 チラシでPR
山梨日日新聞, Japan - Dec 23, 2008
市役所などで配布するほか、観光客向けに市のホームページでもダウンロード可能にする。 チラシはA3判。観光客がイメージできるよう8カ所の写真を取り入れ、西願寺のしだれ桜や東☆(漸の車が東)寺の紅葉など四季を感じさせる写真を掲載している。円通院は「芭蕉の ...

宮城と俳句交流スタート=伯から気仙沼俳句大会に初参加=来年に向け海の句を募集
ニッケイ新聞, Brazil - Dec 17, 2008
ブラジルからの参加が実現したのは、同大会副会長の千葉貫二(号=かん二)さんが五年前に来伯した際に、日本館の句碑「雷や四方の樹海の子雷」(念腹)を見て強い印象を受け、「ぜひブラジルからも投句を」とブラジル宮城県人会にラブコールがかかったためだ。 また、今 ...
大耳小耳 ニッケイ新聞
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最高賞に後藤さん 奥州で全国俳句大会
岩手日報, Japan - Dec 7, 2008
... も頑張ろうという気持ちが伝わってくる。梧※先生の意思を継いでいるような作品だ」と講評。後藤さんは初めての受賞に「びっくりした。苦労もあったが、農業で培った力が出た」と喜んだ。 遠藤は高浜虚子に師事し、前沢俳句会の指導者などとして活躍した。旧前沢町2人 ...
全員、参加賞受ける ―宮城県気仙沼・俳句全国大会― ブラジルから二十六句が投句 サンパウロ新聞
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句碑に関する質問

句碑 森羅亭万象の句碑

追分けの分去れに、森羅亭万象の詠んだ句碑があります。森羅亭万象=平賀源内とされておりますが、弟子の森羅亭万象二世で、桂川甫粲の作のようです。ところで、その句碑がなにを意味するものか、どの様に解釈すれば

  森羅亭万象の句碑の詳細


句碑 浅草で

26日に水上バスを利用し浅草に行く予定です。浅草で一時間くらいなのですが、ちょっとした観光のようなものでおすすめの場所はありますか?

  浅草での詳細


句碑 良寛さんの五合庵の丘の山頭火さんの句を教えてください

良寛さんの五合庵の脇の丘に、山頭火さんの句碑があるのを数年前に見たのですが、メモしなかったために記憶があいまいで困っています。お教えいただければ幸いです。

  良寛さんの五合庵の丘の山頭火さんの句を教えてくださいの詳細


句碑 龍舎

句碑や、橋の建造年を記したものなどに「延享二年龍舎乙丑小春吉旦」などとしたものがありますが、その中の「龍舎」とは何でしょうか。

  龍舎の詳細


句碑 京都金福寺芭蕉庵の石碑

芭蕉庵の思い出を書きたいのです。男子の一人が何か石碑の前で幽霊のポーズをして写真を撮ったという記憶があるのですが、それが句碑だったのか、誰かの墓だったのか、昔の事で思い出せません。

  京都金福寺芭蕉庵の石碑の詳細


句碑旅行記

タイ・ラオス3000キロの旅(2)成田にて(ที่นาลีตะ)(by ちゃおさん)

句碑
さて、夕方6時40分の成田発。11時、東証前場の流れを確認し、パソコンを閉じ、自宅を出る。ここ数日、世界の市場に比べ東証だけがだらしない状況で低迷しており、この先2週間、当方外国に行っている間に追証を食って、後は勝手に証券会社が強制処分するのを帰国後に確認すればいいや、とも一時は捨て鉢に考えたが、そうすると結局大半の金融資産を失う結果になり兼ねず、昨日時点で定期を崩して担保入金しておいたので、後願の憂い無く旅立てた。

今日は午後の遅い便であり、時間が充分あるので、成田山不動尊をお参りする。今年のお正月元旦出国の際はすごい人出の参詣客で、人の波にもまれて途中まで進んだが、お参りまでに何時間かかるかも分らず、諦めて空港に向ったが、今日は常の状態、むしろ閑散気味で、ゆっくりと参詣できた。本殿にて今日からの2週間、旅の安全を祈願し、更にまだ充分の時間があり、裏の成田公園を回る。

芭蕉が鹿島詣の際に成田山にも立ち寄ったのか、公園内にも句碑があり、流麗な書体で
「丈六に 陽炎高し 石の上」
と、藤棚の脇に丈六大の御影石が苔むしていた。

今が丁度藤の盛りで、<俳聖の 句碑を飾るや 藤の花>をノートに記し、公園内を散策する。

奥の院、丈六の黒不動にお参りし、前庭の意外に小さな鬱金の桜に今年の春の別れを告げる。小金井公園の桜はもう散ってしまったが東北の桜はこれから開花を迎えるだろう。桜を追って旅をする酔狂人も中にはいるかも知れない。南国のタイでは、四季のはっきりした日本と違って、俳句の風情も無い。文化の違いであるとも言えるが、1年中真夏の国であるタイへ向うべく人気の殆ど無いやや肌寒い公園を後にする。

成田空港も1年に3回も来ていると、大体どこに何があるかも分かるようになる。最近ではむしろ羽田よりも成田の回数が多くなっている感じでもある。

4階出発フロアーにてNWでの手続きを済ませ、搭乗ゲートに向う。流石、米国機だけあってアメリカ人の数が多い。以前の旅行ではキャセイのVIPラウンジが使え、ビール・ウイスキー等遠慮なく飲めたが、今回は近くのショップにて缶ビールを買い、チェックインまでの時間を待つ。本来は明るい内からビール等飲む機会も少ないが、これも旅故の高ぶる感覚がもたらしているのか。

【旅行時期】2008/04/24~2008/05/08
【エリア】バンコク
【テーマ】
【投稿者】ちゃお

電車で行く 壬生・小山・間々田(by zakoneboyさん)

句碑
北千住8:03発の東武線「新栃木行き」に乗り、
新栃木で9:45「宇都宮行き」に乗り換え、10:00頃「壬生」駅に到着。
本日は空気は冷たく、雲一つ無い晴天の、まさにウォーキング日和。
「奥の細道」とは逆走になりますが、壬生〜小山〜間々田を巡ってみたいと思います。

駅前の「蘭学通り」を歩き、まずは慈覚大師誕生の地「壬生寺」を見学。
慈覚大師と言えば関東東北各地で開祖のお寺によく出会いますが、
出身の寺は意外とシンプル&コンパクト。
抱えている幼稚園がちょっと賑やかな程度で、人の出入りもありません。
本堂が上野寛永寺から移築されたものだとか。

「野州大塚」駅に戻るように歩くと、
思川にかかる「保橋」から日光連山が見渡せます。
高い山は「男体山」でしょうか?すでに雪を被っていました。

惣社町に入ると、「大神神社」の看板が現れました。
ここが「奥の細道」ゆかりの「室の八島」です。
敷地内の池に浮かぶ八つの島にはそれぞれ
「鹿島」「天満宮」「筑波」「雷電」「浅間」「熊野」「二荒山」「香取」
の祠が祭られ、「室の八島」の名の由来になっています。
そしてここは松尾芭蕉のみならず、平安の都の歌人達にも知られており、
室の八島=煙、という歌枕として用いられ
境内近くにはその多くの歌碑が並んでいます。
運の良い事に、今日は何か神事があるらしく、
参道から境内までもうもうと煙が立ち込め、
歌枕の世界に引き込まれた気分になれました。
「糸遊に 結びつきたる 煙かな」芭蕉

思川に沿うように歩き、「飯塚宿」へさしかかると、
前方遥かに望むは「筑波山」、後ろに「日光連山」、
広い田園風景に囲まれ、見晴らしが良くなります。

しかし小山へ近づくにつれ、交通量も建物も多くなり、
周りがすっかり都会へと変貌した頃、
ちょうど足の裏に出来たマメが潰れたので、
小山駅周辺のビジネスホテルで一泊する事に。
1泊:5000円 朝食:500円 ペイチャンネル:1000円

翌朝、本日も快晴。昨日よりちょっと暖かい。
国道265号線、4号線をひたすら南下。
途中、「安房神社」へ立ち寄る。
社の裏手の本殿は、見事な彫り物。
東照宮建立の折、その職人達が彫った物だとか。
柵をされてて見づらいが一見の価値あり。

更に南下、「間々田八幡宮」へ寄る。
ここ一帯は「間々田宿」と言い、
平将門の乱征伐の折、朝廷に供田されて「飯田(まんまだ)」と呼ばれ、
日光街道整備の折、江戸と日光のちょうど真ん中という事で
今の「間々田(ままだ)」となったそうです。

八幡宮の参道の入り口には「源頼朝、手植えの松」があり、
一度枯れて今のは二代目。
奥に進むと大きな池があり、
暖かい陽が水面に映る紅葉をキラキラとゆする景色が美しい。
鴨や鯉が泳ぎ、小島にかかる赤い橋の先に芭蕉の有名な句碑が立つ。
「古池や 蛙飛びこむ 水の音」芭蕉

そこから4号線へは戻らず、同じく南北に沿うように伸びる一本西側の道を歩く。
1キロ程歩くと、何だか不自然にかかる歩道橋の右脇から「泉竜寺」が見える。
ここにも句碑が立つ。
「川上と この川下や 月の友」芭蕉

4号線へ戻る。
自分へのお土産に、朝日屋さんの「思川まんじゅう」を買う。
更によく歩いた自分へのご褒美に、小川屋さんの手打ち蕎麦を食う。
身も心もすっかり落ち着いてしまったので、
まだ陽は高いが、東京へ帰る事にする。
思川まんじゅう:1ヶ60円 蕎麦+親子丼セット:800円


【旅行時期】2008/11/22~2008/11/23
【エリア】小山
【テーマ】歴史・文化・芸術
【投稿者】zakoneboy

日本の旅 関西を歩く 京都の嵯峨野(by さすらいおじさんさん)

句碑
嵯峨野(さがの)は、太秦(うずまさ)の西、桂川の北に広がる地域名で、風光明媚な観光地。平安時代には天皇や貴族たちの遊猟、行楽地だった。
京都嵯峨野散策の起点と言える史跡・野宮神社(ののみやじんじゃ)の祭神は天照皇大神(あまてらすおおみかみ)。伊勢神宮に斎宮(いつきのみや)として奉仕する未婚の皇女が潔斎のために篭もった所だった。源氏物語(1001年初出)では六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)と前東宮の娘が斎宮になるために共に訪れ『賢木(さかき)巻』では野宮神社が光源氏と六条御息所との別れの舞台となった。謡曲「野宮」にも謡われた著名な神社だ。
周辺には真竹といわれ、良質で高級な竹細工・建築用材に利用される嵯峨野の竹林が広がっている。
落柿舎(らくししゃ)は、松尾芭蕉門下(蕉門)十哲の一人、向井去来の草庵。
売却済みの柿が収穫前に1晩の嵐で落ちてしまったため落柿舎と呼ばれるようになったとのこと。1691年に松尾芭蕉が滞在して嵯峨日記を著したとされる。去来の墓はこの庵の北裏手にある。俳諧を好む人たちの記念句碑がたくさんあり、 近くには西行井戸もみられる。
二尊院(にそんいん)は、天台宗の寺院で正式には、小倉山二尊教院華台寺。
834年、嵯峨天皇の勅により円仁(慈覚大師)が建立したと伝えられる。二尊院は阿弥陀如来と釈迦如来の二尊を安置することから名づけられた寺院で百人一首に詠まれている藤原忠平の「小倉山峯のもみじ葉心あらば今ひと度の御幸またなん」はこの寺の裏山になる。
祇王寺は法然の弟子良鎮が創建した往生院が廃寺となった跡に1895年に祇王寺として再興したもの。
平家物語の哀話で知られる白拍子の祇王・その母・妹の祇女・同じ白拍子の仏御前の合葬墓と平清盛の供養塔がある。平清盛の寵愛が移ろったために出家した不憫な人達だ。
滝口寺は祇王寺に隣接し祇王寺と同じく往生院跡に再興された寺。
滝口寺は平家物語・源平盛衰記に著された斉藤時頼(滝口入道)と建礼門院の雑仕女横笛のはかない恋物語を伝える寺だ。
化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)は、浄土宗の寺。化野は、鳥辺野(とりべの)と並ぶ平安京以来の風葬の地。811年、空海が五智山如来寺を建立し法然が念仏道場を開き、念仏寺となる。境内の約8000体という夥しい数の石仏・石塔は、1903年頃に、化野に散在していた多くの無縁仏を掘り出して集めたもの。毎年8月23,24日には千灯供養が行われ、たくさんの石仏にろうそくが点灯される。嵯峨野は何度歩いても1200年前に心をタイムスリップさせてくれる所だ。
(写真は嵯峨野の竹林)


【旅行時期】2007/05/23~2007/05/23
【エリア】嵐山・嵯峨野・太秦・桂
【テーマ】歴史・文化・芸術
【投稿者】さすらいおじさん

土佐の旅No6・・・不破八幡宮、太平寺(by 早島 潮さん)

句碑
平成20年11月3日(月)
 約1時間半の舟母船の遊覧を終えてアカメ館へ帰ってきた。朝送って貰ったタクシーに帰りも迎えに来て貰うよう依頼してあったので待機していた。もう中村では見るべき史跡もあまりないようなので八幡さんと言われている不破八幡宮まで送ってもらいタクシーには帰ってもらった。不破八幡宮からは中村駅まで歩ける距離である。

 不破八幡宮も一条公ゆかりの神社である。丁度植木屋が入って工事中であった。一際目立つ巨木があったので樹齢を聞くと500年位だという。

 中村駅への途中太平寺に立ちよった。この寺には苔むした芭蕉の句碑が建っており傍に刻字も明瞭な新しい句碑が並んでいた。
正面の階段には大水の時の水位が階段の中程に記録されていた。これを見ると四万十川は水量の増減が激しい暴れ川であることがよく判る。この暴れ川と共生してきた流域住民達の弛まぬ営為に改めて敬意を表したいと思った。              

 中村駅に到着したが南風号は20分程前に発つており13時25分発の南風号まで2時間近く待機時間ができてしまった。駅近くの喫茶店で朝の定食を昼食代わりに摂って読書しながら過した。
 田舎の旅にはレンタカーを利用した計画でなければ時間のロスが多いことを痛感した。 同時に田舎の史跡を巡る時には旅行社の企画するバスツアーを利用するのが金銭的にも時間的にも合理的であることを再認識した。            

【旅行時期】2008/11/03~2008/11/03
【エリア】中村・四万十川周辺
【テーマ】
【投稿者】早島 潮

電車で行く沢・薄葉(by zakoneboyさん)

句碑
「かさねとは 八重撫子の名なるべし」

紀行文「奥の細道」の中でも珍しく叙情的に描かれた名場面の一つ。
沢の宿から大田原へ歩き出した芭蕉一行は、
その広大な荒野、那須野が原に呆然とした事だろう。
芭蕉は病持ちで、果たしてこの野っ原を越えられるか
不安にかられたに違いない。
そこで一軒の農家に頼み込んで馬を借り、
人里の見えた所で馬を返す約束をする。
その時、馬にくっ付いてきたのが「かさね」と言う名の女の子。
きっと地元の歌でも唄いながら馬の後を付いてきたのだろう。
可愛らしさと名前の珍しさと、その優しい景色に、
うぶな女学生のように胸を締めつけられたのは、
弟子の曽良くんだったのでした。
そしてその甘酸っぱい気持ちから絞りだされたのが、
この「かさねとは・・・」の句。

この句碑はここ一帯に3ヵ所もある事が判明。
黒羽の句碑は2年前に見たのでクリア。
さて今日は、沢の宿と薄葉の街道沿いにある2ヵ所の句碑を調査してみたい。

県道52号線は一気に視界が開け、田園の中を気持ち良く歩く事ができた。
新幹線の高架下から52号線を外れると、間もなく、
綺麗に手入れされた家並みが続く「沢」の宿へ入る。
今日は晴天に恵まれたせいか、道の両側を流れる水路がキラキラと美しい。
今は人っ子一人見かけないが、昔は馬の市が開かれるほどの宿場だったとか。

宿のはずれに「沢観音寺」があり、自慢の庭園を入っていくと、
竹やぶ近くの暗闇にひっそりと句碑が立っている。
奥ゆかしいほどアピールゼロ。もちろん「かさね饅頭」など売っていない。

箒川の河川敷へ出る。
整備をやめてしまったかのような荒れ果て方で、
今ではトンボとカエルとバッタの天国。
構わず歩くと何匹か本当の天国へ送ってしまいそうだ。
いや、送ってしまったかもしれない。

車止めのゲートをすり抜け、県道へ戻る。
箒川にかかるこの大きな橋は「かさね橋」という。
橋の袂の欄干には、蕪村の描いた芭蕉一行のレリーフがはめられ、
「かさねの里」に近づいてきたんだなと実感できる。
川の下では投網をする人がいた。

風は微かに涼しいとはいえ、オッサンを殺すには充分な暑さだった。
たまらず近くのコンビニで「ガリガリくん」を購入。
胃袋から体を冷却する。
間もなく那須塩原市の看板近くに、これまたアピールゼロの句碑発見。
後ろは工場、前はダンプ、色はすすけて陰も無いのに陰の中。
普通の人なら絶対発見できない存在感だ。
「もっと前へでろ!」と背中を叩くと
明日から学校来なくなりそうな雰囲気なので、
そっと写真におさめる。
「かさねちゃんが悪いんじゃない、
きっと曽良くんが詠んだってところに問題があるんじゃないか・・・」
などと、勝手にこのあまりにも人気のなさを解読していた。

句碑ハンターはこのまま大田原へ突入!といきたいところだが、
今日は夕方から小2の甥っ子と遊ぶ大事な約束があるので、
大きく左へ旋回し、「JR野崎」駅から東京へ帰る事にする。


【旅行時期】2008/09/14~2008/09/14
【エリア】大田原
【テーマ】歴史・文化・芸術
【投稿者】zakoneboy

句碑関連エントリー

忠臣蔵・大高源吾句碑

... 「年の瀬や水の流れも人の身も」の発句に 「あした待たるるこの宝船」と答えて ひそかに翌日が仇討ち当日であることをほのめかした といいますが 両国橋のたもとにある 大高源吾の句碑です。 もっとも彫られている句は 上記のもので ...

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句碑

画像は先日、美術館付属の「芸術の森」へ行ったとき撮ったものである。 当地の俳人、飯田蛇笏の句碑だがどうも様子がおかしい。 「芋の露 連山影を 正しゅうす」 句の周囲が削り取られている。 おそらく誰かが拓本をとるために邪魔な凹凸を削っ ...

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歴史スポット・石井露月句碑

ぽかぽか陽気の午後、街なかでも落ち着いた場所へお散歩に出かけた「でらっと街なか号」。八幡神社の境内で、石井露月の句碑を見つけました。 春を惜め同じ流れの季吟門 露月山人 晩年、芭蕉の境涯に達した俳人。 ...

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中村汀女句碑

野毛山公園散歩中。 中村汀女の句の前にて… 「蕗のたう おもひ おもひ 夕汽笛」 句の意味は心の中で… 雨でしっとりの野毛山にて。

中村汀女句碑

芭蕉句碑脇、ネムの木の実が成っていた(浅草観音裏柳通り)

... 通りにある料亭‘婦志多’の横には「 象潟や雨に西施がねぶの花」という芭蕉の句碑が建てられていてネムの木が植えられています。 ネムの花の記事はこちらです。 芭蕉の句碑の記事はこちらです。 浅草のよさを広く知っていただくためにランキングに ...

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